セクシャリティについて その1.真実の愛はひとつ

今年は、以前から、

もっと深く書いていかなきゃなと感じていた、

「セクシャリティ」について、

数回に分けて書いていこうと思います。

 

これはツインに限らず、

通常の恋愛においても、

恋愛に至らなくても、

この世において、

人間という肉体を持っている限り、

関わりの深いテーマなのだろうと思っています。

 

なので、今年から、

とても現実的にその部分で悩んでいる、

なんだか違和感がある、

或いは全く感心がない、

或いは完全に拒絶してしまう、

或いは全開すぎて自分でも怖い、

などなど様々なお悩みに対応出来る様、

 

Session about the sexuality

 

として、新たにSessionを追加いたしましたので、

お気軽にご相談頂ければと思っています。


この世に男と女が存在していることが、

まずはセクシャリティであること。

 

男性として、

女性として、

或いは中性として、

もしくは性同一性障害として、

肉体を持つ上で、

中にある精神との統一には、

色々な感情がそれを覆うのだと感じます。

 

対のお相手と出会うと、

この部分は否応なしに、

浮彫になる部分でもあります。

 

対のお相手でなくても、

目の前に、心から愛する人がいれば、

それは素直に、

自然に湧き出てくる感情達。

 

「繋がりたい」

と思うことは、

男として、

女として、

当たり前なのだと思います。

 

本来、「セクシャリティ」とは、

とても神性なものです。

 

これは、よくよく考えれば、

私の人生のテーマであり。

 

思えば、

恋愛は多かった方なのかもしれませんが、

いわゆる「セクシャルな関係」ということに関しては、

真髄の意味、本当の意味がわからないままでいた若い頃でした。

 

結婚は、ある意味、

この「セクシャリティ」に、

向き合わざるを得ない様な状況下の中で、

ただの「行為」として、

「欲」を解放するものの1つなのだと、

妻としての義務として割り切る事で、

それらの違和感を封じ込め、

自身の本来のセクシャリティを否定し、

自分の心を誤魔化していました。


けれど、いつも心の奥底で、

「違う」と叫んでいたのも事実で。

 

誤魔化す事を選択するのも自分。

誤魔化さない事を選択する事も自分。

 

ならば、正直に生きようと、

勿論それだけの理由ではないけれど、

結婚という形を解消する選択をしたわけです。

 

この時に、

「愛すること」と、

「セクシャリティ」は密接な関係にあり、

とても重要なものであることだと確信もしました。

 

幼い頃から、

大人っぽくみられ、

高校あたりから、

そこにいるだけで「エロい」

などと言われ涙

痛く傷つき、

なるべく男っぽく振る舞い、

服装もジーンズばかりを履いたりした時期もありました。

 

自分の中のセクシャルな部分を否定しながら、

「女」を楽しめていなかった、

受け入れていなかった部分がとてもありました。

 

けれど離婚後の恋愛は、

その「否定」とは裏腹に、

1つ1つの恋愛で、

まっすぐに相手を愛する中で、

自分の中のセクシャルな部分が、

溢れんばかりに、

湧きあがってきたのだと感じます。

 

それはきっと、

その奥にある真実に気づくため。

 

自分の中では

「繋がりたい」という想いなのに、

そこに溺れそうな自分もひどく卑下したり、

行為自体がとても「動物的」なものに感じて吐きそうになったり、

それでもどこか受け入れてしまう自分がいることも不思議であったりと、

 

「セクシャリティ」について、

考えせざるを得ない経験をさせてもらったのだなぁって、

今は本当に思います。

 

当時の私の様に、

クライアントさんでも多いのですが、

「セクシャリティ」を、

歪んだ、或いはとても冷めた目で見ながらも、

受け入れる、或いは逆に、

身体が拒絶してしまう方達は、

過去世で、巫女(古代の巫女は、神託を下ろし伝える事と同時に、肉体的な癒しも行っていました)

娼婦、おいらんなどの時代がある場合や、

逆に複数の女性とセクシャルな関係であったり、

強欲的にそれらを行っていた場合であることが多く、

この様な複雑な想いをセクシャリティに感じるのかもしれません。

 

なので、慰安婦などのニュースを見ただけで、

その痛みを感じて、苦しくなってしまったり。

 

レイプという言葉に、

奥の何かが強烈に反応して、

いたたまれない苦しさを感じたり。

 

けれど、

それらの痛みや、過去世の経験は、

今世では解放するための叡智です。

 

同じ意識として、その痛みを否定するものでは決してなく、

叡智の中から気づきを得る為であったことを感じて頂ければと思います。

 

セクシャリティの奥にある、

その恍惚感は、

宇宙と繋がる恍惚感にとても近く、

この世に形ある全てのものに備わっている、

「神性の神秘」です。

 

そして人間として、

誰かと繋がるという、

その神性な行為の奥にある、

もう一つの真理は、

 

「真実の愛はひとつ」

 

であること。

 

魂の伴侶であろうと思われる方に出会ってしまったならば、

その感覚は、強烈に腑に落ちると思います。

 

そうでない場合でも、

目の前にいる方を、

心から愛しているのであれば、

今は、もしくは今世では、

それが「真実の愛」なのだと思います。

 

現状、お相手が前にいて、

「何かが違う」と感じているのなら、

そのセクシャルな関係を、

もう一度見直す必要があるのだと感じます。

 

女性として、

セクシャリティを開くことは、

とても重要な事であり、

女性性にも深く関係しています。

それは、ある意味自然な素直な部分であり、

愛する方を包み、包まれ、

自身を通して宇宙と融合することですから。

 

男性としてセクシャリティを開くことは、

本来の男性性に通じる鍵を握っている部分でもあります。

本当に愛する方の中で包まれ、

肉体のない意識の世界の扉を開き、

宇宙の神秘を感じる事ができるから。

 

ただ、だからといって、

肉欲のままに、本能のままに、

行動することではありません。

 

自身の中の、

女性としての、男性としての、

「セクシャリティ」を自身が見つめ、

赦し、認めて解放することで、

本当のお相手との出会いに繋がったり、

真実の愛に通じる道を歩き始めるのだと思います。

 

男性も女性も、自身の性である肉体を慈しむこと。


女性は、

子宮を慈しみ、子宮がない場合は、

それがあった、あるであろう場所の波動を慈しむこと。

 

男性は、ご自身の息子を大切に扱うこと。

無い場合は、あることをイメージして慈しむこと。

 

目に見える外見は、

人の視点で見た価値観であり、

大切なのは、

それぞれの凹凸が、

愛に相応しい場所であることを感じ、

肉体を、そこに繋がる意識自体を、

大切にいたわっていくことだと思います。

 

創造主が、

凹凸として男女を形作ったのは、

時代時代で、

その凹凸は、

一対であることの真理を気づくことを、

水面下で意味しているのだと感じます。

 

どの時代も、

本当の愛は、

真実の愛はひとつですから♡

 

  ※コメントは返信無しの承認公開のみとなりますことご了解ください。

 

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コメント: 4
  • #1

    るぅ (月曜日, 05 1月 2015 10:32)

    私も「セクシャリティ」については、ずっと違和感があり、
    ここ数年は特に思い悩んでいるところです(^_^;)

    すごく大切なことなのに、まぁいいか・・・なんて「蓋」をして、
    自分の心に気づかないふりをしていました。
    気づかないふりをしている自分にも気づいていませんでした。

    本当は、私の心は悲鳴を上げていたんだと思います。

    ただ、自分の心を誤魔化さず、正直でいたいと思うけれど、
    ではどうしたら???というところで立ち止まってしまいます。

    興味深い記事をありがとうございました(*^_^*)
    次回も楽しみにしています。

  • #2

    さらん (火曜日, 06 1月 2015 13:14)

    mokoさん、こんにちは。
    きっとたくさんの方が共感されているでしょう。
    読んでいてここに意識が集まってきているのがわかります。

    本当に腑に落ちます。相手に出会い、一気に枠が外れました。
    決して奔放になったわけではなく(笑)自分を大切にする心が生まれました。
    先週、しまいこんでいた水晶のブレスを水で浄化して、つけて寝ました。
    そうしたら、夢の中で出るわ出るわのセクシャルでネガティブのオンパレード。
    そういえばその事で悩んでいた時につけていたブレスだったな。。。と。
    浄化が足りなかったのかもですが、クリスタルって覚えてるんですね。
    けれどそのおかげで、相手から「まだ悩むの?ただ僕と一緒にいるだけでいいのに」とケロっと言われました(笑)
    ツインレイは本当に偉大ですね。。。
    その一言で忘れたい思い出は全て去っていきました。
    そういう小さな毎日の積み重ねひとつひとつで、
    相手が本当に私の真の相手なんだなと確信していっています。

    その後のそのブレスはというと、
    私の今年のモットーは「エレメントと親しむ(笑)」なのですが、
    どうやったら君を絶好調まで浄化できる?と聞いてみたら、
    「土に帰して下さい」と本人(石?)から言われました(笑)
    きっと自分の役目はこの三次元地球で果たせたと思ったのでしょう。
    週末にでも近くの緑多い公園に埋めてこようと思います。
    私の気付きのためにお疲れ様でした。

  • #3

    (水曜日, 07 1月 2015 18:40)

    読んでて熱い涙がこみ上げてきました(*^_^*)

    私も自分のセクシャリティを否定して悩んだり蓋をしていた
    時期もありました。

    でも、やっぱり大好きな人と繋がりたいです、、
    と心の底から、今の相手に出会って思いました。

    色々初心を思い出しました。

    いつも、ありがとうございます。

  • #4

    サチネコ (水曜日, 07 1月 2015 21:46)

    mokoさま

    勇気ある、そして多くの方にとって必要なテーマを
    あげてくださり、ありがとうございます。

    本当に腑に落ちますね、
    こんなセクシャリティが存在していたのか、と。
    女性として、対に出逢えて良かったと
    身心ともに歓びを感じました。

    それから…

    さらんさま、
    お相手の方のお言葉、
    なんて偉大なの‼
    羨まし過ぎです〜笑

    …すみません、
    どうしても言いたかった笑


    魔性系と言われたり、
    自分より倍近いおじさまに、
    「あなたみたいなタイプは落としやすく狙われやすい、
    男の狩の欲求をそそる、
    それがなぜ悪いと言われても困るが」と。
    それを聞き、そんな眼で見られていたのか、と情けなくなり…。

    ドラマを見ていて、
    長崎の丸山遊郭の遊女に、
    ぁ、私ここに居たかもしれない感覚

    男性の庇護や寵愛を受けなければ、
    生きるのもままならなかった時代があるのだろう、、
    と思ったりします。

    4年前S先生のコンサルを受け、
    自身のセクシャリティも含め、
    「『清濁合わせ持つ』からこそ痛みが分かるのでしょう」
    と言われ、
    しっくりと来て嬉しかった。


    この1年半、3次元的に疾風怒涛過ぎて、
    繊細な対は、セクシャリティについても閉じてしまい笑

    でもつながってる、と信じたいです。

    開示し過ぎて、不快でしたらごめんなさい(汗











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