ペンデュラム

お盆も過ぎて、皆さん落ち着いた頃でしょうか^^

今年は、みえるもの、体験するもの全てが、今までとは違う感覚で過ぎているようにも感じるけれど、
なんというか、深い部分では、
特に何も変わっていないようにも感じていて。

表は変化はしているけれど、
深い部分がより鮮明に浮き彫りになっていて。
毎日色んな色の風が吹き、色んな形の雨が降り、色んな粒子の光が降り注ぐ中、
みんながそれぞれに向かう場所へとゆっくりと歩いている。
そんな風に感じます。

そして、最近特に感じるのは、
ツインの世界は、伴侶をはじめ、次々に青い光の仲間達と出逢う旅でもあるのだなぁと。

こちらが気づかなくても、
あちらはとっくのとうに気づいていたり、
という事が沢山起こる。

まぁ全部、
素粒子、重力、
つまりは魂の波動によるものなのだけど。

これが目には見えないから、
現実では摩訶不思議に感じたり、
逆にややこしくなったりして。

こう言ったエネルギーの交流は、
現実で身近にいる時は、案外感じにくいのかもだけど、見えない部分では同じように交流しているもので。

どちらの場合でも、日々の生活の中でフッと力を抜いた時、無でいる時などはより感じやすいのだと思います。
どこかに意識が行っていない状態といえばわかりやすいかな。

けれど、どんどん人数増えてワンサカお祭りみたいになってた私は、
今や、右の伴侶ではなく、左側のエネルギーが痛かったり、ビリビリしても、
もう一体それが沢山の仲間の誰のエネルギーかさえ判別できない時が多くなり。

もうええわ。消えて。
そっとしてくれ。
伴侶と二人だけにしてくれ。
あとはまとめてどっか行ってくれい。

などと酷いことを何度も思ったりもしました。

ただ、これらの出逢いは、
青い光の繋がりであり、
その根底に流れる光は深い深い愛なので、
どんちゃんやり合う感情達は、
あくまでも人間としての表層の感情であることも、深い部分ではみんなが互いに理解しているものだと感じています。

んー。これは、現実でも同じなんじゃないかなぁ。

そして、今年に入ってからこれまで、
本当に1番の深い部分、
私は人間じゃない。ということを、
とことん見せられる体験をしてきたようにも思います。

普通の人間みたいになりたい。
という奥底の思い。

んー。これはみんながみんな当てはまるとは思わないけれど、
中には当てはまる人もいるんじゃないかなぁ。

そこも、つまりは自身の中にある悲しみの部分と、自己否定の部分だと思うのです。

だけど、アレルギーのことも含めてだけど、
これでもか、というくらい、
お前はここでは生きられない、
という印籠を突きつけられるような事象が沢山ありました。

その度にうなだれ、
自分を赦し、その悲しみを拭ってきて。

最後、伴侶の歌に、まるで両手で包み込むように抱きしめられ、その悲しみから大きく救われて。
ここで生きてもいいんだ。と、
自分に改めて言うことができて。

なのにね、
お題のペンデュラム。

石好きの人や、
スピリチュアル好きの方、
オステオパシー系の方、
色んな方が、このペンデュラムを使っていると思います。

私も普段はほとんど使わないけれど、
どーしても迷った時なんかは、
ふと聞いたりします。

で、とある質問をする際にはいつも、
私は女ですか?男ですか?と両方聴いて、
揺れの方向をみてから始めるのだけど、

先日、質問と一緒に、
私は人間ですか?
て、聞いてみたら、、、

いいえ。

いやいや、もう一度聴くよ、
私は人間ですか?
人間ですよね?

いいえ。

いいえ。いいえ。いいえ。

何回聞いても、
いいえ。としか揺れなくてww

まじムカつく。。。

と、大人気なくペンデュラムにムカついてました(°▽°)

そう、仏にはなれない私。

そんな私を、
伴侶や仲間たちがニコニコ見守るのは、
青い光の仲間という以外に、
あまりに光と闇を両極端に持っている部分を全部見せているからでもあるのかなぁ。と感じます。

ここもちゃんと言うと、
敢えて見せてる訳では決してなくて、
勝手にみえちゃってるんですけどね。

そこも相変わらずたまにムカつく笑

彼らはよく、私のことを優しいと言うけれど、
私自身は、自分のことを優しいとは全く思っていなくて。
めちゃ残酷だし、卑劣でもある。 けれど、自分では気づかない光を彼らに反射した時、
彼らは自身の中にある闇が浮き彫りになって、そこと向き合うことになる。 これは、逆の立場としても同じことが多々起こります。 彼らに対して、なんてすごい、なんて優しい、素晴らしい、と彼らからの光を受けた時に、 私の中の闇、自己否定や悲しみが浮き彫りになり、そこと向き合う羽目になる。 ツインという深い絆の関係性の中での交流は、こんな風に、互いが相手の光に感嘆しては、自身の内を見つめ折り合いつけていく、みたいなことを延々とやりながら、それぞれの光も闇も愛して包んでいくことになるのだと思います。 なので、交流の中で表層の感情の受け止め方次第で、
互いが天使になったり悪魔になったりもする。 そこが、天国も地獄も味わう。 と言ったツインの体験に現れてるんじゃないかなと。 ただ、それらはあくまでも人間としての表層の感情なので、深い部分では本質みんな愛で繋がっていることを体験の中で感じ、認め受け入れていく。 それぞれが持っている光も闇も、 実はみんな同じものであることさえ、 知っていくのだと感じます^^
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